ふたつの行李[4]

 美しい娘は、悩みを抱えたような暗い顔をしています。
「勝手なお願いであることは承知していますが、どうかこのまま見逃していただけないでしょうか。助けていただいたご恩はけっして忘れません。川に帰してくだされば、それ相応のお礼はさせていただきます」
 しかし、パクチョンガは首を激しく左右に振るだけです。
「それはできねえ。絶対あんたを離さねえ。今すぐオラといっしょに暮らすって約束してくれ」
 きつく抱きしめたまま離す様子がないので、娘はパクチョンガの申し出を受けることにしました。
「命を助けていただいたのですから、お断りするわけにもまいりません。これからよろしくお願いいたします」
 娘の返事を聞いたパクチョンガは、天にも昇らんばかりに喜び、娘を抱きしめたままクルクル回りはじめました。
「ありがとう。本当にありがとう。うちは貧乏だから嫁の来てがなくて、ずっと寂しい思いをしてたんだ。これでやっと人並みの暮らしができる」
 しばらくして娘が口を開きました。目に涙をためています。
「そのかわりひとつだけお願いがあります。必ず戻ってまいりますから、魚に戻った私をいったん川へお放しください」
 パクチョンガは、親指で娘の涙をぬぐってやりました。
「わかった。オラたちはもう夫婦だ。オラはおめえを信じるぞ」
 パクチョンガは、自分の嫁になった赤い鯉をタライごと川岸まで運んで放してやりました。赤い鯉は川面でひと跳ねし、水の底へ消えていきました。

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