2024年のノーベル文学賞はハン・ガン(韓江)が受賞しましたが、ニュース知ったときにはかなり驚きました。近年、小説で受賞した作家たちをみると、2022年が1940年生まれの『アニー・エルノー』、2021年が1948年生まれのアフリカ系作家『アブデゥルラザク・グルナ』、2019年が1942年生まれの『ペーター・ハントケ』と、みな70歳以上です。1970年生まれというのはダントツで若いです。スウェーデン・アカデミーは方針を変えたのでしょう?ただ、ハン・ガンの文学スタイルはアカデミー会員好みなので、ストライクゾーンに入っているとは思います。2016年刊行の『すべての、白いものたちの』(原題:白い)が高い評価を受けたのではないかと想像しています。韓国文学は散文詩がベースになっています。ハン・ガンも詩人からスタートして小説の道へ進んでいます。ハン・ガンの小説は、おおまかには幻想文学に入ると思いますが、ストーリーに焦点を当てて考察すると、幻想部分のインパクトが薄く感じられます。幻想というよりも“夢想”と表現した方がよいかもしれません。
ハン・ガンは、1980年の光州事件を題材にした『少年が来る』(2014年刊行)と、1948年の済州島四・三事件を題材にした『別れを告げない』(2021年刊行)を発表していますが、どちらも韓国人が韓国人を大量虐殺した事件です。カズオ・イシグロも、上海事変を題材とした『わたしたちが孤児だったころ』という作品を上梓していますが、幻想度はカズオ・イシグロの方がずっと上です。両書とも優れた文章で構成されているとは思いますが、この二つの事件を取り入れる必然性があったのかと考えたとき、疑問符が浮かび上がります。光州事件は、民主化を訴える市民を独裁政権下の軍隊が弾圧した事件で、死者数は不明ですが、2万5千人の兵隊が投入されました。日本に置き換えれば、全共闘世代の若者たちの弾圧のために機動隊が大量導入され、数百名の市民が亡くなってしまった、といった感じです。現代文学に興味のない若者がハン・ガンを批判するのも、宜なるかなと思います。韓国人にとって光州事件は命を張って真剣に取り組まなければならない出来事なのです。そこに幻想が入り込む余地はありません。
とはいえ、ハン・ガンはボクの好きな韓国人作家のひとりです。特にその詩的な言葉選びには感心するほかありません。ベストスリーを挙げるとすれば、1位が『すべての、白いものたちの』、2位が『ギリシャ語の時間』、3位が『菜食主義者』になります。『すべての、白いものたちの』は、白いものについて哲学的に深く考察されていて、それが的確で美しい言葉によって放言されています。まさに詩を噛みしめるように丁寧に読み込むことができる作品です。