【第2代】瑠璃明王(類利)[2-3]

 11年(B.C.9年)夏4月、王は群臣に言った。
「鮮卑族(モンゴル高原から満州に拠った遊牧狩猟民族)は領土が険峻なのをよいことに我が国と和睦しようとしない。利ありとみれば我が国へ侵入し、不利となれば墨守して出てこない。国患とはまさにこのことだ。この憂いを取り除いてくれた者には望みの褒美を与えようぞ」
 このとき、扶芬奴が王の面前に進み出て言った。
「鮮卑は守るに固い国でございます。ただ、鮮卑人は勇猛ですが愚か者ばかりです。力で屈服させることは困難でしょうが、計略をもってすれば容易かと存じます」
 これを聞いた王は尋ねた。
「ならば、どのようにすればよいのだ」
 扶芬奴が答えた。
「鮮卑国へ密偵を送り込み『高句麗は小国で弱兵ばかりだから怯えて兵を動かすこともできない』という噂を流しましょう。さすれば鮮卑は油断して備えが疎かになるはずでございます。
臣は隙を窺って、精兵とともに間道を通って鮮卑へ侵入し、城外の森に潜んでおります。王は弱兵を率いて敵城の南面にお進みください。
敵軍はここぞとばかりに城を空にして出て、遠くまで追いかけることでしょう。その隙を狙って、臣が城を占拠いたします。臣が城を奪ったら、王は勇猛な騎兵団と合流して引き返し、敵軍を挟み撃ちにしてくださいませ」
 王は扶芬奴の意見に従った。果たして事はそのとおりに進んだ。

タイトルとURLをコピーしました