【第3代】大武神王(無恤)[3-1]

 大武神王(大解朱留王ともいう。在位:18~44年)は、諱を無恤という。第2代瑠璃明王の第3子である。生まれつき聡明で、成長して雄傑、国家の大計を有していた。瑠璃明王33年甲戌の年に11歳で太子となり、瑠璃明王が薨去したため、同年に即位した。王母は松氏で、多勿国王松譲の子女である。

 2年(19年)春正月、百済の農民千余戸が投降してきた。

 3年(20年)春3月、始祖東明聖王の廟を建立した。
 秋9月、王は骨句川で田猟し、神馬を得た。駏䮫と名付けた。
 冬10月、夫餘王の帯素が遣使して赤いカラスを贈って来た。その鳥は頭がひとつで体がふたつだった。
 はじめ夫餘人がこの鳥を得て帯素王に献上した。ある者が言った。
「もともと黒いはずのカラスが変色して赤くなっております。また、頭がひとつで体がふたつなのは、我が国が高句麗国を併合してひとつの国になる兆候と思われます」
 喜んだ夫餘王は高句麗へ使者を出し、進言内容をしたためた親書とともに赤カラスを贈った。
王は家臣と相談してこう返事した。
『北方を象徴する色である黒が南方を示す赤に変わりました。また、赤カラスは瑞兆の表象でもあります。そんな吉鳥を手に入れたにもかかわらず、手元に置かず我が国に贈ったのですから、両国の存亡はこれからどうなるか分かりません』
 これを聞いた帯素は、高句麗の意外な反応に驚き、そして悔やんだ。

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