すべての、白いものたちの

『すべての、白いものたちの』は、ハン・ガンが韓国で2016年に出版した小説で、2018年に河出書房新社から日本語版がリリースされました。同2018年に本国では改訂版が出版され、挿入写真が一新されました。日本の文庫版は改訂版を底本にしています。同年、本作はイギリスの『マン・ブッカー国際賞』にノミネートされ、最終選考の6作品に残りました。ただし、この賞は著者だけに与えられるものではなく、翻訳者も含みます。ちなみに、英語の題名は『The White Book』です。余談ですが、原書は5種類の白い紙で印刷されています。単行本の場合、製本の都合上、32ページ単位にする必要があるのですが、そこまで考慮して文章を書いたのでしょうか? ちょっと疑問に思いました。本書は3部構成で、それぞれの章に小見出しがつけられています。なお、パート1とパート2はワルシャワで、パート3はソウルで執筆されています。

小見出しを書き出してみました。

1 私

ドア/おくるみ/産着/タルトック/霧/白い街/闇の中で、あるものたちは/光ある方へ/父/彼女/ろうそく

2 彼女

窓の霜/霜/翼/こぶし/雪/雪片たち/万年雪/波/みぞれ/白い犬/吹雪/灰/塩/月/レースのカーテン/息/白い鳥たち/ハンカチ/天の用/白く笑う/白木蓮/糖衣錠/角砂糖/灯たち/幾千もの銀色の点が/輝き/白い石/白い骨/砂/白髪/雲/白熱灯/白夜/光の島/薄紙の白い裏側/舞い散る/静けさに/境界/芦原/白い蝶/魂/米と飯
3 すべての、白いものたちの
あなたの目/寿衣/お姉ちゃん/白紙の上に書かれたいくつかの言葉のように/白服/煙/沈黙/下の歯/別れ/すべての白いものたちの
 小説の舞台は、ハンガリーのブタペストとソウルです。主人公の思いは、この二つの街を行ったり来たりします。各文章は詩文のようで、さまざま白をいろいろな言葉を使って表現していますが、はっきりとは説明されていないので、読者が独自に想像する余地が十分に残っています。日本の読者ならなおさらだと思います。これは著者自身が語っていることですが、“私”は著者自身のことを、“彼女”は産まれてすぐに亡くなってしまった著者の姉のことを指しています。つまり、パート1では著者が語っているのに対し、パート2では存在しないはずの姉が語っているのです。本文をさっと読んだだけでは分かりづらいのですが、深読みすると確かにそのような表現になっています。あとがきによると、パート1は、私が生まれてまもなく死んだ姉について語り、「今私が白いものをあげるから」と呼びかけて姉に自分の人生を手渡します。

 パート2では、語り手がワルシャワの街を歩き、そこで見た白いものについていろいろと語りますが、その人は私から命を譲り受けた彼女=姉です。現世であって現世ではない状態です。そしてパート3で、自分と姉は両立できないと悟った私は、再びこの世を生きていくことを誓います。科学的に分析してしまえば、主人公に空想(もしくは妄想)癖があり、『同じ光景でも自分と姉という別の角度から見えてしまう』ということなんでしょうが、こんなことを言ってしまっては身も蓋もないので、『二人の思考が白色を軸として幻想的に表現されている』ということになるのでしょう。なんだか理屈っぽいことばかり述べてしまいましたが、作品自体は表現が芳醇で、読んでいると何だか不思議な感覚に包まれます。

タイトルについてですが、原題は『白い』の連体活用形で、日本語に直訳すると『白き』になります。要するに『白い』の後に名詞が想像されるわけです。たとえば、白い窓とか白い犬とか。つまり『白い』の後に何を想像するかは、読者の思いに委ねられているというわけです。ボクなら在り来たりですが、『白い雪』がいちばんしっくり来る感じがします。

最後に、最終部分をピックアップしてご紹介します。全体を通してこのような文章が綿々と続きます。

私はあなたの目で見るだろう。白菜のいちばん奥のあかるく白いところ、いちばん大切に護られた幼い芯葉を見るだろう。昼の空に浮かんだ、涼やかな半月を見るだろう。いつか氷河を見るだろう。うねり、くねり、青い影をたたえた巨大な氷を、生命だったことは一度もなく、そのためいっそう神聖な生命のように見えるそれを、仰ぎ見るだろう。白樺林の沈黙の中に、あなたを見るだろう。冬の陽が入る静かな窓辺で見るだろう。天井に斜めに差し込む光線に沿ってゆらめき光るほこりの粒子の中に、見るだろう。それらの白いものたちすべての、白いものたちの中で、あなたが最後に吐き出した息を、私は私の胸に吸い込むだろう。
 なお、著者はあとがきの中で以下のように語っています。私の母国語で白い色を表す言葉に、「ハヤン」と「ヒン」がある。綿あめのようにひたすら清潔な白「ハヤン」とは違い、「ヒン」は、生と死の寂しさをこもごもたたえた色である。私が書きたかったのは「ヒン」についての本だった。孤独と静けさ、そして勇気。この本が私に呼吸のように吹き込んでくれたのはそれらだった。

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