ふたつの行李[1]

 むかしむかし、パク(朴)という姓の百姓が住んでいました。家族や親戚もなく一人で暮らしながら、畑仕事を手伝ったり薪を拾ったりして生計を立てていました。村の者は彼のことを、独身のパクという意味で『パクチョンガ』と呼んでいました。
 ある日、パクチョンガは薪を売りに町の市場へ行きました。薪がみな売れて帰ろうと立ち上がったとき、斜め向かいで商売をしている魚屋が目にとまりました。なんとはなしに覗いてみると、赤い鯉がタライの中で窮屈そうに泳いでいました。
 いままで働きどおしで美味しい物なんか食べたことがないなぁ。そうだ、今日は薪が高く売れたから、あの鯉を買って刺身にして食べよう。
 そう考えたパクチョンガは、財布からありったけの銭を取り出して赤い鯉を買いました。
 帰り道、浮き浮き気分のパクチョンガが、鼻歌を口ずさみながら歩いていると、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえてきました。
「お兄さん、お兄さん、どうかわたくしをお助けください」
 誰だろうと思って振り返りましたが誰もいません。パクチョンガは首をかしげながらまた歩き始めました。
 しばらくすると、また声が聞えてきました。
「お兄さん、お兄さん、なんとか助けてください」
 振り返りましたが、やはり誰もいません。
「変だなぁ、確かに誰かが呼ぶ声がしたんだけどなぁ」

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