自分が金持ちなのを自慢したくてしかたがない御曹司がいた。
ある日、御曹司が小判を耳にひっかけて歩いていた。
それを見た街の者たちが噂しあった。
「さすが大商人の息子だ。金の小判を銅銭みたいに扱っている」
「あんなとこに挟んでたら、ひったくりに持ってかれちまうぞ」
「いいんだよ。あの家には山のように小判があるんだから」
「オレたちは今日の仕事もないっていうのに。世の中は不公平だよな」
「でもアイツ、ほんとはケチで倹約家らしいよ」
「それ、ほんとか?」
「ああ、見せびらかすだけで、使やぁしないんだ」
「オレも小耳にはさんだことあるぞ。なんでも、女郎を買っても値切るって話だ」
「阿弥陀様のバチでも当たりゃあいいのに」
小判を耳にひっかけた御曹司の目的地は友人の家だった。
その友人は偉そうな態度を改めるよう何度も忠告していた。
しかし、能天気な御曹司はまったく聞く耳を持たない。
御曹司を出迎えた友人が渋い顔をして言った。
「またそんな格好して来たのかい?」
御曹司は平然と答えた。
「そうだよ。悪いかい?」
あいかわらず反省の色がない。
「感心しないなぁ。人の恨みを買うだけじゃないか」
「気にしちゃいないよ。そんなことより、はやく碁を打とうよ。そのためにわざわざ足を運んで来たんだから」
御曹司の不遜な態度に腹を立てた友人は一計を案じることにした。
「それより、珍しい春本が手に入ったから、それを読んだらどうだい? とても興奮するよ」
「おっ、それはいいねぇ。じゃあ、ちょっと借りるとするか」
友人が本を渡しながら言った。
「昨日、夜更かししたから、横でちょっと昼寝させてもらってもいいかい?」
御曹司は本を眺めたまま答えた。
「いいよ。オレは絵を見てるから。ゆっくり寝てていいよ」
しばらくして、友人がつぶやいた。
「お礼に小判を差し上げよう。ムニャムニャ…」
そして、おもむろに起き上がって御曹司に尋ねた。
「いま何か寝言を口にしなかったかい?」
「ああ、しゃべってたよ」
「なんて言ってた?」
御曹司は聞こえたとおりに答えた。
「お礼に小判を差し上げよう」
御曹司の返事を聞いた友人は、間髪入れず、耳の小判を奪い取った。
御曹司が狼狽して叫んだ。
「な、なにをするんだ。オレの大切な小判をはやく返してくれ! いくら友達だからって許さないぞ」
友人は大笑いした。
「いま、お礼に差し上げますって言ったじゃないか」
御曹司は甘えるような声で頼んだ。
「それはないだろ~。オレたちは友達じゃないか~」
それに対し、友人は真顔で言い返した。
「夢の中に阿弥陀様が出てきて言ったんだ。オマエと縁を切れば小判を一枚くれるって」