九万九千九百日間、地獄の釜でまじめに務めを果たした鬼がいた。
その働きぶりに感心していた閻魔大王は、その鬼になにか褒美を与えようと考えた。
家来たちに尋ねると、戸籍係が言った。
「あの者は前世が人間ですから、人に生まれ返らせてやるのはどうでしょうか?」
閻魔大王が両手を叩いて言った。
「それがよい。それがよい。はやくその鬼を連れてまいれ!」
しばらくして、くだんの鬼がやってきた。
鬼を見て、閻魔大王が口を開いた。
「おまえを人間界に戻してやる。それに、そうだなぁ。人になるだけでは苦労するだろうから、金持ちの家に生まれるよう手配してやろう」
ところが、鬼は意外な申し出をした。
「閻魔様、お心遣いは大変うれしいのですが、金持ちは気苦労が絶えないものでございます。わたくしは金持ちになぞなりとうございません。せっかくのご厚意ですが、つつしんでご辞退申し上げます」
閻魔大王は開けた口を閉め忘れるほど驚いた。
「これ以上ない条件で人間界に戻してやると言っているのに、それを断るというのか?」鬼は頭を地面に擦りつけたまま言った。
「ま、まことに申し訳ありません」
鬼が真剣にそう考えていることを知った閻魔大王は、おおいに焦った。
「で、では、どうすればおぬしは満足するんじゃ? ワシはどうしてやればよいのじゃ?」
鬼はゆっくりと面をあげて答えた。
「多くは望みませぬ。衣食住に不自由せず、平穏無事に暮らすことができれば、それでじゅうぶんでございます」
鬼の希望を聞いた閻魔大王が、真顔で言った。
「本当にそんなところがあるのか? それなら、ワシもいっしょに連れてってくれ!」
安住の地
