むかしむかし、中国に高辛氏という部族がありました。その祖は嚳高辛{こくこうしん}といい、五帝の一人として古代中国に君臨したといいます。
また、黄帝の曾孫として顓頊{センギョク}の後継者となり、陳鋒氏の娘と結婚して堯が生まれたともいいます。
その高辛氏が中原を治めていた時代、北の房王が反乱を起こしました。馬に乗って青銅武器で攻めてくる房王の軍は強敵で、房王は雷神と恐れられていました。
高辛王は何度も北伐へ向かいましたが、そのたびに退けられ、国力は衰えるばかりでした。このままでは他の王たちも造反しかねないと考えた高辛王は、国中にお触れを発して言いました。
「房王の首を持ってきた者には金千斤と王女を与える」
しかし、房王と房王軍の強さをよく知る国人のなかで名乗り出る者は誰一人としていませんでした。
高辛王はバンコという五色に輝く狼犬を飼っていたのですが、そのバンコがお触れの出た日に忽然と姿を消してしまいました。バンコを息子のようにかわいがっていた高辛王は、嘆き悲しんで言いました。
「なんということだ。国が未曾有の危機にあるというのにバンコまで逃げてしまった。朕を助け国を救おうとする者はおらんのか」
それから十日後、バンコが房王の宮殿に姿を現しました。房王は近臣に命じて王の間に連れてこさせ、牛と羊の肉を与えながら言いました。
「高辛が大切に飼っていた五色の犬までやってきた。犬が主人を見捨てるのは相当なことだ。これは朕が天下をとる吉祥に違いない。祝いの宴席を設けよう。すぐに用意をしろ」
家臣が勢ぞろいした宴会は深夜まで続きました。久しぶりに深酒をした房王は、酔いつぶれて寝室へ運ばれました。
房王がいびきをかきはじめると、バンコが入ってきて喉に噛みつきました。一瞬にして殺されたため、王は声を上げることもできず、寝室の戸口に立っていた番兵も異変に気付きませんでした。
王になった犬[上]
