王になった犬[下]

 房王の首をくわえているバンコを見た高辛王の驚きと喜びは、尋常なものではありませんでした。
「バンコ、でかした。さすが朕の愛犬だ」
 高辛王は褒美として最上のなますを与えました。しかし、バンコは見向きもしません。王がいくら呼んでも、立ち上がろうとしません。
 心配になった王は自ら狼犬に歩み寄って言いました。
「バンコ、どうしたんだ。大好きな生肉も食べようとしないし。オマエどこか悪いのか?」
 王が頭を撫でようとすると、バンコは頭を振って王の手を拒みました。
「なんだ、なんだ。すねているのか?」
 その様子を眺めていた宰相が、王に進言しました。
「バンコは約束を守れと言っているのではないでしょうか」
「約束、約束。おぉ、あの約束か。バンコ、約束を果たしてほしいのか?」
 王が尋ねるとバンコは首を何度も上下に振りました。
「そうか、そうか。朕も王だ。約束は守るぞ」
 それを聞いたバンコは、尻尾を振りながら王の周りを走りました。
 バンコは高辛王の娘を嫁にもらって西方の山岳地帯に封ぜられ、西から王都へ攻めてくる異民族の侵入を防ぐ役目を果たしました。
 バンコと王妃の間には三人の息子と六人の娘が生まれました。息子のお尻には犬の尻尾がはえていました。
 バンコの子孫は増えつづけ、曾孫の代には国王となりました。中原の人々は犬戎{けんじゅう}と呼びました。
 その後、大国となった犬戎は、西周の幽王(在位:紀元前781年~771年)を驪山で殺し、春秋戦国時代が始まるきっかけをつくったということです。

(中国神話)

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