中国の県は日本の市町村にあたる。
県長は中央から高級官僚が派遣されるが、副県長ポストは地元の有力者のものだった。
あるとき、県長が副県庁の執務室を訪れた。
あいにく誰もおらず帰ろうかと思ったが、すばらしい考えが頭に浮かんだ。
どうせいろいろ不正を行っているだろうから、証拠を見つけて弱みを握ってやろう。
書棚の帳簿類を調べ始めたが、大きな不正は見当たらなかった。
大切な帳簿は身の周りに置いているに違いないと思った県長は、机に積まれている書類を確認することにした。
まず机の真ん中に置かれている分厚い帳簿から調べることにした。
表紙をめくると、丸や四角や三角など記号らしきものが書かれていた。
これが秘密文書に違いない!
そう確信した県知事は、朱色の墨をつけた筆を持ち、ところどころに線を引きながらチェックを始めた。
しかし、どれだけ頁をめくってみても記号と絵文字しか出てこない。
しばらく眺めていたが、どうしてもその記号の意味が分からなかった。
帳簿とにらめっこをしているうちに副県長が戻ってきた。
自分の机に座って腕組みしている知事を見た副県長が慌てた様子で言った。
「県長様、な、なにをなさってるんですか?」
県長が渋い顔をしたまま答えた。
「県の財政を調べていたんだが、この帳簿はいったい何なんだ? この記号はどういう意味なんだ?」
副県長が知事から帳簿を取り上げながら言った。
「こ、これは個人的な帳簿です。自分が買ったものを書いているだけですから、県のお金とはまったく関係ありません」
そう言って中身を確認しはじめた。
「あ~、県長様! ご自分でお買いになった物をわたくしの帳簿につけるのはおやめください」
県長が不思議そうな顔をして言った。
「わたしはなにも書き込んだりしていないよ。いったいなにを言ってるんだ?」
副県長が顔を真赤にして言った。
「県長様! ほれココに。あ、ココにも。法事のために紅いロウソクを買うのはようございますが、わたくしの帳簿につけるのはおやめください」
副県長の頭がおかしくなったと思った県長は、自分の部屋に戻ることにした。
翌日、記号の意味が気になってしかたがない県長は、副県長室の実務官を呼び出して尋ねた。
「アイツが大切にしている帳簿に書かれている記号の数々。あれはいったいどういう意味なんだ。正直に申してみよ!」
真剣な県長の顔を見て、実務官は笑いを堪えるのに苦労した。
「はい、あれは本当に副県長様の個人帳簿でございます」
県長は納得しない。
「変な記号や絵文字ばかり並んでいて、あれは秘密の暗号ではないのか?」
「いいえ、決してそのようなことは…」
「紅いロウソクがどうのこうのと叫んでいたが、あれはどういう意味だ?」
実務官がクスクス笑い出した。
「なにを笑っておる。着任したばかりのオレをバカにしているのか!」
「いいえ、めっそうもございません。あのあと帳簿を確認させていただいたのですが…」県長が怒鳴った。
「はやく申せ! いますぐに言わぬと牢屋へぶち込むぞ!」
実務感が慌てて土下座した。
「申し訳ありません。ここだけの話ということでお願いいたします」
「分かったから、はやく申せ」
「副県長様は朱筆の棒線を見て紅ロウソクだと思われたのでございます」
「朱の棒線が紅ロウソクだと?」
「はっ。実は、副県長様は…字が…お読みに…なれないのでございます」
県長が椅子から飛び上がった。
「なにっ! 文盲だと!」
実務感が床に頭をつけて懇願した。
「字をお書きになられない副県長様は、絵文字で個人帳簿をつけておられるのでございます。この秘密が外に漏れますと、我々お抱え役人の首がみな飛ぶことになります。なにとぞご内密にお願いいたします」
読み書きもできない人物が副県長とは。きっと賄賂を山のように贈ったに違いない。