縁起がいい夢

太鼓持ちが受験生の家を訪ねた。
「息子さんはいるかい。今日は吉報を持ってきたよ!」
と言って召使いに取次ぎを頼んだ。
奥から受験生が出てくると、太鼓持ちが声を張り上げた。
「いま昼寝してたら、すごい夢を見たんです! それで、一刻も早くお知らせしなければと思いまして、こうして駆けつけたしだいです」
受験生は迷惑そうな顔をした。
「いま最後の追いこみで忙しいんだ。試験が終わったらまた遊ぼうや」
奥へ入ろうとする受験生に太鼓持ちが叫んだ。
「遊びの誘いなんかじゃありませんよ。大切なお知らせがあるんです」
振り返った受験生がぶっきらぼうに言った。
「じゃあ、なんの用なんだい? いまホントに忙しいんだよ」
太鼓持ちがニコニコしながら話を続ける。
「天子様が立派な額を持ってここへやって来る夢を見たんです。これは旦那が合格する予兆に違いありません」
受験生が驚いて言った。
「そ、それは、ほ、本当かい?」
太鼓持ちが拍手しながら言った。
「お・め・で・とうございま~す! これでご両親も安心ですね」
受験生の愛想が崩れた。
「そうだよな。半年も勉強したんだから。絶対受かるよな」
太鼓持ちが大きくうなづいた。
「そのとおりでございますよ~。とにかく、おめでとうございま~す」
浮かれた受験生が太鼓持ちに尋ねた。
「それで、額にはなんと書いてあったんだい?」
太鼓持ちは、ニヤニヤしながら言った。
「やはりこういったことは縁起のいい席で話さないと、ねぇ。こんなところで口にすると運が逃げてしまうかもしれません」
受験生はまたうなづいた。
「それもそうだな。じゃぁ、場所をかえよう!」

気分のよくなった受験生は近所の酒楼で一席設けることにした。
乾杯のあと、受験生が話を切り出した。
「おぃ、それで額にはなんて書いてあったんだい? もう教えてくれてもいいだろ」
浴びるように酒をあおっていた太鼓持ちが酒杯を持ったまま答えた。
「もうちょっと待ってください。こういったことは、場所だけでなく、時も選びますからねぇ、はい」
そのあと、受験生も酒を呑んだが、額の文言が気になって酔うことができない。
小一時間は黙っていたが、どうにも我慢できず、芸子と踊っている太鼓持ちの胸ぐらをつかみ、鬼のような形相で問い質した。
「おい、額にはいったいなんて書いてあったんだ!」
これ以上引き延ばすことができないと思った太鼓持ちは、机に上がり直立不動の姿勢で叫んだ。
「なるようにしかならない」

意味深長な言葉である。

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