まったく勉強しないドラ息子がいた。
ある日、見かねた父親が説教した。
「オマエは《蛍雪の功》という故事を知っておるか? 『ホタルの光、窓の雪』というやつじゃ」
「知りません。人の名前ですか、それとも食べ物の名前ですか?」
「車胤という人は、家が貧乏だったから、ホタルを集めて袋に詰め、その灯りで勉強したんだ」
「勉強なんて昼間の明るいうちにやればよいのではないでしょうか?」
父親が怒鳴った。
「オマエはなんにもわかっとらん!」
息子は平然と尋ねた。
「それはどういうことですか?」
父親が説明した。
「車胤は貧乏だったから、日の出から日の入りまで、家のために働かなければならなかったんだ」
「なるほど、そういうことですか」
「車胤は寝る時間を削って学問をしたんだ。分かったか?」
「はぁ、なんとなく」
父親が話を続けた。
「それから、孫康という人は、月に照らされた雪の灯りで勉強したんだ」
「曇って月が見えないときはどうしたんですか?」
「ヘリクツばかりこねるな!」
「スミマセン」
「努力して学問に励んだふたりは、歴史に名前を残す人物になったのだ。分かったか?」
「はい、わかりました。父上がおっしゃるように努力してみます」
夏のある日、父が帰宅すると、息子の姿がない。
召使いに聞くと、こう答えた。
「お坊ちゃまは、いまホタルを捕りに山の別荘へお出かけでございます」
冬のある日、父が帰宅すると、息子の姿がない。
召使いに聞くと、こう答えた。
「お坊ちゃまは、外でお酒を飲みながら雪が降るのを待っておられます」
頭が良いのか悪いのかよくわからない息子だが、妙な知恵が働くことだけは確かなようだ。
努力の末、中央省庁の幹部にまで出世したが、最後は政争に敗れて自殺させられた車胤と、このドラ息子。
いったいどちらが幸せ者なのだろう?