鬼の勘違い

地獄の鬼が死者を連れてきた。
閻魔大王が確認した。
「おまえの氏名は、ツァイ・チンだな」
死者がうなづく。
「はい、間違いありません」
閻魔大王がまた確認した。
「おまえの誕生日は六月一日だな」
死者がまたうなづく。
「そのとおりでございます」
閻魔大王がさらに確認した。
「お前の出身地は徐州だな」
死者が首を振った。
「いいえ、私は生まれも育ちも蘇州です」
このとき、死者を連れてきた鬼が駆け込んで来た。
「大王様、申し訳ありません。連れてくる人間を間違えてしまいました」
閻魔大王が尋ねた。
「どういうことだ?」
鬼が消え入るような声で答えた。
「本物の名前は《蔡青》。この者の名前は《債精》(借金の固まりという意味)。発音が同じなので勘違いしてしまいました」
閻魔大王が怒鳴った。
「バカモノ! それだったら、はやく本物を連れてこい!」
死者があわてて尋ねた。
「大王様、わたしは人間界に戻されるんですか?」
閻魔大王が顎髭を撫でながら言った。
「そういうことになるな」
死者は何度も頭を下げて言った。
「閻魔様、わたしをここに置いてください。帰るのは嫌でございます」
閻魔大王が不思議そうに尋ねた。
「なぜじゃ?」
「こっちがよいのでございます」
「ここは地獄だぞ」
「わかっております」
「なにか訳がありそうだな。訳を申してみよ」
死者が話しにくそうに口を開いた。
「実は…あちらに借金がございまして…」
「借金なら返せばよかろう」
「それが国が買えるほどの莫大な金額でして…」
「同じ地獄といっても、こちらは本物の地獄なんだぞ」
「承知しております。でも…」
閻魔大王が怒鳴った。
「でも、なんだ! はっきり言え!」
「向こうは借金地獄、こちらはただの地獄でございます」

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