新大王(在位:165~179年)は、諱を伯固(もしくは伯句)といい、大祖大王の末弟にあたる。見目麗しく英明で、思いやりがあって憐れみ深い性格であった。
先の次大王は傍若無人だったので、臣民は親しみを感じることができなかった。
伯固は禍や乱の害が自分に及ぶのを恐れ、山谷に逃げ込んだ。次大王が弑逆されると、左輔の菸支留は家臣たちと協議し、使者を出して伯固を迎えに行かせた。伯固が王宮に到着すると、菸支留は跪いて国の印綬を捧げて言った。
「先君(次大王)は不幸にも国をお捨てになりました。王子様たちはご存命ですが、国政を委ねるほどの力量はありません。『人の心は至仁(この上なく恵み深いこと)に帰る』と言います。ここに謹んで拝礼、稽首し、尊位に就かれることをお願い申し上げます」
菸支留は頭を下げて俯き、腰を折って深くお辞儀をした。
伯固は三度辞退してから即位した。このとき77歳だった。
2年(166年)春正月、王は次のような大赦令を発布した。
『寡人は王族として生まれてきたが、そもそも君主としての徳がない。兄弟によって行われた政治は、はなはだ臣民に背き、不名誉な謀事を伝え残すことになってしまった。寡人は兄による害を畏れ、安心できず、皆から離れ、遠くに逃れた。凶計を聞いて深い悲しみに打ちのめされていたが、そんなときに民が気持ちよく推してくれ、群臣たちが進んで勧めてくれたことは、望外の喜びであった。無能な寡人が誤って崇高な玉座に就いたため、安寧でゆったりとした気持ちになれず、深淵か大海を渡っているような気分である。そこで、遠方にまで恩恵を施し、民とともに新たな国づくりに邁進するため、国内に大赦令を発布することにした』
国の人々で恩赦のことを聞いて喜ばない者はおらず、手を叩きながら祝して言った。
「新大王の恩沢はなんと大きいことだろう」